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環境と人 (成長のきっかけ)

メルマガ再録 (2008年7月14日) 第69号


「人の性格は環境に左右される」という様な考えがありますが、本当にそうなのだろうか?」「人が変わるとはどういうことなのか?」 などの課題について考察しています。

           < 環境と人 >

1.はじめに

 今回は、「環境」と「人」の関係について考えてみます。
 「人の性格は環境に左右される」という様な考えがありますが、本当に
そうなのだろうか?」「人が変わるとはどういうことなのか?」などとい
う大それた課題について考察してみたいと思います。
 私には多くを語る資質はありませんが、そこは度胸でいつものようにC
KEN流に切ってみたいと思います。

2.いろいろな言葉

 人と環境に関する言葉をいくつか探してみました。
 「A.環境が人をつくるのではない」(ジェームズ・アレン)
 「B.人は内側から動機付けられる」(ネッツトヨタ南国㈱横田英毅)
 「C.人材育成ではなく、人材解放である」(臥龍/角田識之)
 「D.信頼されるには師匠を持つこと」(バグジー久保華図八)
 「E.人は自分の考えたことは実行する」(CKEN谷口隆)
 「F.場を与えると人は成長する」(CKEN谷口隆)
 では、いつものように上記の命題に対し考えて行きましょう。

3.「A.環境が人をつくるのではない」

 「環境が人をつくるのではない」とジェームズ・アレンは言います。
 この本「原因と結果の法則」のこの文章を読んで、ビックリしました。
 エッ! 今まで、「人は環境によって作られる」と周囲は言うし、私も
そう信じていたからです。
 その本は今貸し出し中でよくは覚えていませんが、「環境が自分を変え
るのではなく、あくまでも変わるのは自分の意志だ」ということだったと
記憶しています。
 これはなかなかグッと来ましたね。
 環境が自分を作ってくれるという甘ったるい考え方を払拭し、自分の頭
で、自分の信念で、自分の足で進まないといけないと、自立心を煽られま
したね。
 そういう本の中の一行でハッと気づくことってありますよね。

 似たような経験で、コーチングの本で「プラス思考はマイナスを意識し
ている」って書いていました。
 だから、本当のプラス思考は、そういうことを意識しないで普通にやれ
ている状態、ナチュラル思考(谷口造語)を目指すのが、究極のコーチン
グであるというニュアンスのことを書いていましたね。
 そう。深い。

4.「B.人は内側から動機付けられる」

 ここ2回ほど、ネッツトヨタ南国㈱横田英毅会長さんのお話を聞く機会
がありました。
 横田さんは、失礼な表現になりますが、表向きはボーとした感じですが、
すっごく考えておられて、味のある方です。面白いんですよね。
 ショールームでボーと座って観察している。そうすると何か気になるこ
とが目に入ってくる。そしたら、そのことを咎(とが)めるのではなく、
「彼女がそうすることには理由があるはずだ」「なぜそうしたのだろうか
?」「どうしたらそのことを直すことが出来るだろうか?」と考えられる
そうです。
 全ては原因主義というか、なぜなぜと問いかけて、それを根本的に直し
ていくという源流改善主義的な考え方をしておられるのだなあと感心する
わけです。
 大久保寛司さんも、伊那フォーラム2008のパネルディスカッション
で、そのあたりのことを「凄い考え方ですね」と感心されていました。

 さて、横田さんは「人は、内側から動機付けられる」と言われています。
 そうですね。この表現は前項のジェームズ・アレンの言葉と同じではな
いでしょうか。
 「人は内側から動機付けられる」ということは、「人は外側から動機付
けられるものではない」と言い換えれますよね。
 自分がその気にならないとしないと言うことです。
 いくら美味しい食べ物を用意されても食欲がないと手を付けないし、い
くら高価な装飾品を見せられても興味がなかったら欲しいとも思わないで
すね。

 横田さんは、「問題対処ではなく、問題解決が大切である」とも言われ
ています。
 問題対処はマニュアル的であり、問題解決は自分の頭で考えて解決して
いくのでそれがどんどん経験となり、より賢くなっていくということです。
 こういう考え方を進められているのは、「人は内側から動機付けられる」
ということを実践していることに過ぎません。
 マニュアルは外から与えられたものであり、問題を解決する方法を身に
つけることは、自己を高める欲求に合致しているからです。

5.「C.人材育成ではなく、人材解放と考えるべき」

 感動経営コンサルタント臥龍(角田識之)先生は、「人材を伸ばすには、
育成ではなく、解放である」と言われています。
 育成とは、「やしない育てること、育て上げること」と広辞苑には書い
ています。
 開放は、「解き放つこと」「束縛を解いて自由にすること」です。
 この2つの意味の差は大きいですね。
 メルマガ第57号に書いた「サヴァン」を思い出してください。
 ちょっと、振り返ってみます。
<ここから>
 (前略)
 サヴァンは知的障害が「あるにもかかわらず」ではなく、「あるからこ
そ」能力を発揮する。アラン・スナイダー豪シドニー大教授(脳学者)は
「人はみな同様の能力を潜在的に持つが、普段は封じ込めている」とみる。
サヴァンの場合は障害のため鍵が外れ、脳がのみ込んだ情報を抽象化も取
捨選択もしていないナマの状態で出し入れできると言うわけだ。実際、脳
機能の一部を抑える実験でサヴァン的才能が現れた。
 ニコラス・ハンフリー英ロンドン大教授(進化心理学)は「進化の過程
で人類はサヴァンのような能力を積極的に放棄した」と考える。人類は集
団を形成するようになったが、社会生活を送るうえで「あまりに大きな能
力」はかえって邪魔になる可能性がある。人類は、より抽象的で総合的な
言語能力、対人能力を優先させたというのだ。
 (後略)
<ここまで>
 ということで、元々持っている能力を開放するという考え方の方が、自
己成長が早いと思われます。
 教えるのではなく、引き出す。
 これが教育のポイントでしょう。

6.「D.信頼されるには師匠を持つこと」

 バグジーの久保華図八先生は、「信頼される人になるには、師匠を3人
持つことだよ!」と言われています。
 自分がだんだん出来るようになり、上の立場になると傲慢になっていく
ので、それを戒めるためにも師匠を持つべきなのです。

 先日の横田会長の講演の中で「卒啄同時(そったくどうじ)」という言
葉を知りました。
 気になったので、調べてみたところ、なかなか味わいのある言葉でした。
 師匠と弟子の関係で、なかなかテーマ的にはマッチしそうなので、ホー
ムページから抜粋してみます。
<ここから>
 (卒啄同時)
 卵の中からヒナが殻を破って生まれ出ようとする瞬間、内側からヒナが
殻をつつくのを「そつ」、外から親鳥がつつくのを「啄」という。
 このタイミングが合わないとヒナは死んでしまう。
 この自然の不思議さを表現した言葉が「卒啄同時」である。
 「卒啄の迅機」ともいう。
 禅の世界では、師匠と弟子の間で佛法を相続、伝授するときに使われる
大切な言葉である。
 師匠から弟子へと伝えられている佛法を、コップの水に例え、「一器の
水を一器のうつわに移すがごとく」と表現している。
 弟子の器が小さ過ぎると水(佛法)はこぼれてしまう。
 器が大き過ぎると物足りないものである。
 絶妙のタイミングが要求される。
 師匠の悟りの力量と弟子の悟りの力量が、同等でなければならないので
ある。
 ヒナに力がないとき、親鳥が啄(つつ)けばヒナは死んでしまうのであ
る。反対に親鳥に啄く力がないときも、ヒナは死んでしまうのである。
 ここで問題となることは、タイミングを間違えるとどちらの場合も、ヒ
ナが死んでしまうということである。弟子の立場からいえばたまったもの
ではない。
 しかし、どう理屈を並べようが、どうしようもない立場なのである。師
匠は師匠であり、弟子は弟子である。
 この立場が混乱してしまい次のような逸話も生まれてくるのである。
 ある修行僧は師匠のもとへ押しかけ「悟りの機が熟しました。どうか、
啄いて、殻を破ってください」と言った。
 師匠は「啄いても良いが、命は大丈夫か」と問うと、生意気にも「弟子
の私が悟らなければ、師匠のあなたが物笑いになりましょう」と答えた。
 師匠は途端に「未熟もの」と一喝した。
 この一喝が師匠の「啄」であったのである。
 師匠の一喝は、慈悲心の表れである。
<ここまで>
 凄く含蓄のあるお話でしょう。
 高度な次元での教育話ですが、師匠を持ち、勉強する環境は必要ですね。

7.「E.人は自分の考えたことは実行する」

 私は常に、「人は自分の考えたことは実行する」ということが基本中の
基本として考えています。
 この考え方は、前項のジェームズ・アレンや横田会長さんの思想と同じ
ではないかと思います。
 動かない、動けないのには理由があります。
 人から教えられて、そうした方が良いのは分かっているが、なぜか一歩
踏み出せない。二の足を踏んでしまう。
 次の問題にぶつかった時に、自分の中から解決策が出てくると思えれば
前進するし、やっぱりそのことが自分の中から湧いてこないと思っている
間は足踏み出せない。
 それは、自然な姿です。
 だって、自信のないことは出来ないですよね。
 その源流には、以前も書きましたが「ホメオスタシス(恒常性)」があ
るのだと思います。
 これは人間の特性そのものです。
 だから、そういうことであるということを前提に物事を考えれば、次の
やり方が見えてきます。
 その物事について、自分が納得して自分のものになった瞬間から人間は
行動をスタートさせるということです。
 次の行動のイメージが湧いてくる状態で初めて行動が伴う、と言うこと
をよく認識して、育成指導していきましょう。

8.「F.場を与えると人は成長する」

 「環境が人をつくるのではない」「人は環境によって作られるものでは
ない」ということはいえますが、場を与えると人は成長すると思います。
 この「環境」と「場」の違いを説明します。
 環境は、家庭内や職場上のベースメント(基盤)です。
 場は、直接的なテーマです。
 例えば、給料は環境で、感想文を発表するのが場です。
 給料を高くしても、その場はモチベーションが上がりますが、やがてま
たもっと欲しいという不満になります。
 その点、問題を解決したり、知識が向上したり、人間性が磨かれたりす
る課題には、生き甲斐、やり甲斐を感じて、自己の成長意欲はなくなるこ
とがありません。
 そういう意味で、自己研鑽の場が大切と言うことです。
 場の活用をもっとすべきだと思います。
 目的・目標は設定しますが、一般的に、場の設定が足りていません。
 なぜなら、場が人を成長させるのです。
 そこには発表があり、そこには賞賛があり、それによって学びがあり、
成長があります。
 もっと、「場」を研究し、結果から手順を作るという手法を開発して、
現場に生かす方法を考えべきだと思います。
 この発想は、ひょっとしたら相当NEWかも知れませんよ!
 是非、誰か実践した例を報告して下さい。

9.最後に

 人材の開放~場の提供までを考えていく本質的な教育論を提案しました
が、理解して頂けましたか?
 なんか今回のメルマガはまた新しいトーンで書いた感じがします。
 全く前後の脈絡を考えず、各項目に集中して書いたので、つながりを感
じないかも知れませんが、勘弁してね。

 では、また次回お会いしましょう!

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